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創設
創設者:佐竹音次郎創立者佐竹音次郎が真に子供たち、特に乳幼児の幸せを念願し、現在の児童養護施設「鎌倉児童ホーム」の前身である「小児保育院」の標識を自己の経営する医院の門柱に掲げたのが、1896(明治29)年の7月20日でした。

医師であった彼は日々直面せざるを得ない医療をめぐる様々な人生・社会問題に嘆き、その生け贄となってしまうこれら逆境にある子どもたちを断じて捨て置くことができませんでした。当時、既に世間には天涯孤独の孤児を救済するという趣旨で「孤児院」という名の児童収容施設がありましたが、それらは一般に5歳以上の児童を対象としていました。

しかし、佐竹音次郎はかねてより5歳未満の乳幼児を育てることこそ児童救済の本旨であり、「他人の子どもであっても自分と血を分けた子どもと同様に分け隔てなく愛育すべきである。」という理想をもっていました。どのような子どもであろうと、一旦自分がこれを引き受けたからには我が子同然であり、孤児では決してあり得ないと考えていました。(彼はこれをキリスト教精神に基づく「聖愛主義」と名付けています。)

しばらくして、彼は医業の傍らで行っていた小児保育院事業に専念すべきと心に決し、鎌倉の地に新園舎を落成し「鎌倉小児保育園」として事業を開始しました。これが、現在の「鎌倉児童ホーム」に受け継がれています。

また佐竹音次郎は、京城(ソウル)、台北、旅順などに海外支部を設立後、現地人に対する児童養護施設を開設し、児童の育児を行いました。

昭和20年8月、第二次世界大戦の終戦を迎えた頃には、要保護児童の激増と共に成人保護の必要性も大きくなり、従来取組んできた成人保護部門をあらたに「生活保護部」として発足させ、昭和38年「綾瀬ホーム」として改称し現在に至っています。

さらには昭和54年に、高齢の知的障害者のための更生施設「さがみ野ホーム」が開設されました。当施設は、高齢化社会を迎える中で高齢者となった知的障害者の単独援護施設として最も早く開設された施設の一つです。
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