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歴史
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鎌倉小児保育園成立まで
   
大正11   (1922)   08月08日   鎌倉保育園創立25周年感謝会開催。
●音次郎が前年11月から執筆していた「鎌倉保育園25年史」を理事補益富政助が再編し、「聖愛」と改題し、来会者に寄贈。
           
大正12   (1923)   02月26日   評議員会(第6回)にて、佐竹昇理事補に就任。
           
        09月01日   関東大震災、本園全壊、二児を失う。腰越医院も倒壊し、院長沖本幸子死亡。
●震災後、天幕バラックを急造して家族を収容する。なお、構内を地域に開放し、避難者の宿舎提供、物資の貸与もおこなう。園内避難者数は560名に達する。また、宮内省をはじめ、臨時震災救護局、神奈川県、鎌倉郡より物資の提供を受ける。

大震災で倒壊した園舎

復興された新園舎(大正13年12月)
           
大正15   (1926)   02月11日   音次郎(63歳)、神奈川県知事表彰。
           
        07月30日   創立満30年記念感謝会開催。
●「保育の園」第18号を創立30年記念特集号として発刊する。
           
        09月29日   神奈川県知事宛乳児母子園設立願提出、関東州始政20周年記念に音次郎長官表彰。
           
昭和3   (1928)   01月03日   鎌倉保育園園の友会結成(出身者と旧職員とで構成)
           
        12月30日   本園に対し、神奈川県匡済会の補助金交付始まる。
           
昭和4   (1929)   02月11日   音次郎(66歳)、神奈川県議会議事堂で藍綬褒章伝達。

藍綬褒章を授与された音次郎
(昭和3年11月15日)
           
昭和5   (1930)   03月03日   音次郎(67歳)、評議員会(第14回)にて理事補曽田嘉伊智に理事を譲り、寄附行為の定めるところにより理事補となる。但し、新理事京城を離れず、音次郎理事代理を委嘱され、本部において引き続き園務にあたる。
           
        07月28日   神奈川県社会課より昨7月より本6月までの間の事業縮小の状況照会あり。
●世界恐慌(ニューヨーク株式大暴落)の余波はわが国にも及び、この、社会事業界は深刻な不況の影響を被った。よって、上記のような照会があり、収容人員1日平均1人半、職員3人を減じた旨、報告する。
           
昭和6   (1931)   01月30日   音次郎(68歳)、神奈川県社会事業協会評議員委嘱。
           
        03月28日   音次郎理事代理を辞し、佐竹昇同職に就任。
           
昭和7   (1932)   09月06日   旅順支部に併設していた救護部を分離し、鎌倉保育園大連分園を設立(大連市外老虎灘)。初代分園長 音次郎。
●当時、満州には教護施設がなく、教護児童も全て養護施設たる旅順支部で受け入れていた。しかし、収容教護児が増加するにつれてこのような混合収容では、児童処遇上、様々な支障が出てきたため、音次郎が対策を憂慮中のところ、陳評議員の厚意も手伝い、上記の適地が見つかったのである。

設立直後の旅順支部「大連分園」
           
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